軍団絶対主義

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2017年10月28日 (土) 18:10時点におけるSUREIMAN (トーク | 投稿記録)による版 (→‎勃興期)

概要

「軍団絶対主義(Army corps Absolutely nism)」をごく簡単に定義すれば、それは『個人に対する軍団の絶対優位の主張によって諸集団(馴れ合いコテ・名無し)を軍団の下に一元的に組み換え、諸個人を軍団の目的に総動員する思想および体制』をいう。軍団絶対主義に基づく組織の事例としては、おーぷん2chにおける拓也軍団スレイマン軍団が挙げられる。これら歴史上の経緯を鑑みる限りにおいて、軍団絶対主義はおーぷん2ch固有の思想であると捉えることが出来よう。
スレイマン一世は、軍団絶対主義を理想的な形で遂行した場合の必然的な帰結として、次のような「軍団文化」の成立が予想されるとしている。
「名無しの駆逐と馴れ合いコテ撲滅の理念を完遂するために、厳格な統治体制を保有する組織が同一掲示板内に複数存在し、それぞれが相互に敵対関係にあり、武力衝突を繰り返している状態」
この仮説は軍団絶対主義が極めて好戦的な思想であることを如実に示唆しており、その点において、軍団組織は平和や穏健といった状態と対極に位置すると考えられる。
しかし近年では、軍団絶対主義の源流たるおーぷん2chにおける馴れ合い文化の定着に伴い、「荒らし」や「戦争」の行為を敬遠する世論が醸成されていった。この主たる原因として、拓也軍団の急速な衰退、ライオンゴロシの乱における殺伐コテ勢力の壊滅が考えられる。また、ねこななしをはじめとする新規コテと名無しを優遇する雑談スレが、馴れ合いを是とする強固なコンセンサスを形成したことも、少なからず影響しているだろう。

歴史的背景

この項目においては、軍団絶対主義がおーぷん2chにおける有力な思想として体系化されるに至る歴史背景を、網羅的に概説する。

勃興期

2014年春に突如として勃発した本家における騒動は、インターネット界隈全体に波及した。それは無名の新興掲示板に過ぎなかったおーぷん2chも例外ではなかった。
保有するキャパシティを凌駕するほどに肥大化したおーぷん2chは、それと同時に増大を続ける無数の自意識を産み出した。これが俗にいう「コテハン」である。彼らは暴走する自己顕示欲をもて甘し、相互に対立構造を見出だすことによって存在意義を見出だした。
おーぷん2ch黎明期におけるコテハン界隈の共通意識は「闘争」に向けられており、それはリアルで奨励される牧歌的コミュニケーション論とは相対する概念である。また、現代における殺伐文化が正当化されるに至る根拠として、黎明期にみられた原初的な本質論が用いられることもある。
しかし、その時点におけるコテハンの帰属意識は自己に向けられており、「闘争本能」を大衆煽動的なイデオロギーとして昇華させる運動は必ずしも盛んではなかった。コテハンランキングがコテハン共通の扇情メカニズムとしてある程度は機能していたものの、それが集団に対して統一性を伴う組織であったか疑問は残る。
このことから、軍団絶対主義が確立するためには、まず事前段階として、別個に独立して活動するコテハン達を包括的にまとめあげ、強固なイデオロギーとして確立させるカリスマ性を持った指導者が求められることが分かる。よって現代における殺伐文化の希薄化は、拓也の衰えから説明が可能である。

最盛期

2014年秋に拓也が設立した拓也軍団は、無秩序が常態化していたおーぷん2chを最初に統合した組織である。殺伐とした排他思想を統治機構として具現化してみせた、一つのモデルタイプであるといえよう。
2014年後期~2015年冬にかけてのおーぷん2chは、この拓也軍団と共に軍団絶対主義を熟成させていく道を辿ることになる。
拓也軍団の登場は、

衰退期

反論

ライオンゴロシによる反論

おーぷん2chの代表的なコテハンの一人であるライオンゴロシは、軍団絶対主義への指摘として、皮肉を交えた以下のような論述をしている。
『コミュニケーション障害を抱えたコテハンの生存戦略として
組織化した対人関係と組織外への煽り行為を肯定する事により
コミュニケーション障害という弱点をなきものにすると同時に
孤立した孤独でもある似た価値観を持つ者同志を救済し
そこで生まれる同調により自己肯定し寂しさを紛らわす集団
この馴れ合い集団の変化型思想を軍団絶対主義と呼びその内情である。』