「煽りの歴史」の版間の差分
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[[ファイル:煽りの歴史(古代).jpg|200px|thumb|right|鎌倉時代の煽りの様子を描いた絵巻物。1人のコテが、他板のスレに単身乗り込む様子が描かれている。]] | [[ファイル:煽りの歴史(古代).jpg|200px|thumb|right|鎌倉時代の煽りの様子を描いた絵巻物。1人のコテが、他板のスレに単身乗り込む様子が描かれている。]] | ||
煽りという概念は、13世紀の鎌倉時代に成立した「平家物語」の作中にその形跡を見ることができる。 | 煽りという概念は、13世紀の鎌倉時代に成立した「平家物語」の作中にその形跡を見ることができる。 | ||
''頃は正月二十一(にじふいち)日、 | |||
'' | 入相(いりあひ)ばかりのことなるに、 | ||
薄氷(うすごほり)は張つたりけり。 | |||
深田(ふかた)ありとも知らずして、 | |||
馬(むま)をざつと打ち入れたれば、 | |||
馬の頭(かしら)も見えざりけり。 | |||
煽(あふ)れども煽れども、 | |||
打てども打てども働かず。'' | |||
([http://santalab.exblog.jp/19974944/ 平家物語「木曽最期」]より引用。) | |||
つまり本来の「煽る」とは、あぶみで馬の腹を蹴るという意味を持つ言葉であり、既に同時代にはそこから転じて「そそのかす」、「おだてる」という意味も持っていた。この時代から既に、日本の「煽り」の概念を窺い知ることが出来る。 | |||
== 昭和時代 == | == 昭和時代 == | ||
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その時代の流れは当然ながら日本にも渡来し、昭和末期から平成初期にかけて、日本でのネット文化が広まることとなった。 | その時代の流れは当然ながら日本にも渡来し、昭和末期から平成初期にかけて、日本でのネット文化が広まることとなった。 | ||
1990年代後半になると、インターネット独自の文化は次第に発達していく事となる。 | |||
そして、2ちゃんねるやあめぞうよりも更に前の時代、『あやしいわーるど』の界隈において、次のような言葉が使わるようになった。 | そして、2ちゃんねるやあめぞうよりも更に前の時代、『あやしいわーるど』の界隈において、次のような言葉が使わるようになった。 | ||
''<pre> | ''<pre>3月のLNB騒動を速やかに終結させ、 | ||
あやしい@池袋を煽りから守った。</pre>'' | |||
~[http://stwalker.h.fc2.com/taisyou.htm ぁゃιぃ Walker]より引用~ | ~[http://stwalker.h.fc2.com/taisyou.htm ぁゃιぃ Walker]より引用~ | ||