煽りの歴史

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ここでは、2ちゃんねるにおいて一般的に「相手を誹謗中傷・挑発する行為」を指す、
煽りの歴史について記述する。

鎌倉時代

鎌倉時代の煽りの様子を描いた絵巻物。1人のコテが、他板のスレに単身乗り込む様子が描かれている。

煽りという概念は、13世紀の鎌倉時代に成立した「平家物語」の作中にその形跡を見ることができる。

頃は正月二十一(にじふいち)日、
入相(いりあひ)ばかりのことなるに、
薄氷(うすごほり)は張つたりけり。
深田(ふかた)ありとも知らずして、
馬(むま)をざつと打ち入れたれば、
馬の頭(かしら)も見えざりけり。
煽(あふ)れども煽れども、
打てども打てども働かず。平家物語「木曽最期」より引用。)

つまり本来の「煽る」とは、あぶみで馬の腹を蹴るという意味を持つ言葉であり、既に同時代にはそこから転じて「そそのかす」、「おだてる」という意味も持っていた。この時代から既に、日本の「煽り」の概念を窺い知ることが出来る。

昭和時代

煽りは民族・国家レベルの集団に対しても有効であることを示した顕著な例である。

それから700年の時が流れ、世界は第二次世界大戦と突入した。
その際に「プロパガンダ」という言葉で世界各国で使用されたのが、煽りである。
「煽り」によって、世界の多くの人々が戦争への衝動に駆られ、戦い、死んでいった。
煽りは大多数の人間を扇動する事も、その人々の命をも奪う事も出来る、という事を知らしめた事例であった。

ネット創成期

遥か昔のコンピュータ。将来この機械がエロ画像収集や自演荒らし等のよろずの事に使われることになるとは、この当時の人々は全く予想していなかったに違いない。

更に時は流れ、時代はインターネットという新たな発明品が世界へ普及する世の中となった。 その時代の流れは当然ながら日本にも渡来し、昭和末期から平成初期にかけて、日本でのネット文化が広まることとなった。

1990年代後半になると、インターネット独自の文化は次第に発達していく事となる。 そして、2ちゃんねるやあめぞうよりも更に前の時代、『あやしいわーるど』の界隈において、次のような言葉が使わるようになった。

3月のLNB騒動を速やかに終結させ、
あやしい@池袋を煽りから守った。

ぁゃιぃ Walkerより引用~

この書き込み時が1998年5月22日。 2ちゃんねる開設がその1年後の1999年5月30日であるから、少なくとも2ちゃんねる以前の時代から『煽り』というスラングは確かに存在していた事になる。 ただし、ネット文化創成期の『霊魂ch』(1995~1997)においては、煽りというワードは確認できていない事から、おそらく1997~1998年の辺りに成立した可能性が高い。

この時すでに煽りとは、「悪意のある荒らし」という意味を含む(現在のニュアンスに近い)言葉となっていた。

現代

そして、現代。 今では、数百を超える煽りコテが、2ちゃんねる内で己の尊厳と哲学のために戦っている。

関連項目