認知バイアス
認知バイアス(にんちバイアス)は、認知心理学などの学問における理論の一つであり、統計学的な誤りや記憶の誤り、社会的な帰属の誤りなどの人間の「思い込み」によって、自分の願望や希望に考えが歪められたり[1]、対象の目立ちやすい特徴に引きずられて他の特徴に対する評価が歪められたりしてしまう[1]、一種の錯覚である。バイアスは英語でbiasと書き、「斜め掛け」を意味する。転じて本項のように偏りも意味している。
概要
認知バイアスは直感や先入観、普段の生活や一時的な危険などによって発生し[1]、しばしば論理的な思考を妨げる。これについては1970年代から科学者によって「認知科学」という分野で研究が進んできた。人は複雑な問題に直面した際、出来る限りの素早い解決のために、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則(=経験則)に従って意思決定を行う。これをヒューリスティックと呼ぶ。ヒューリスティックは人間にとっての「近似解」を出すためのココロのショートカットとされ[2]、意思決定の合理性や正確性を欠く代わりに時間をかけないのが特徴である。これが認知バイアスという現象を引き起こす一つの要因とされている。
しかし一方で一部の科学者は、「全てのバイアスが誤りなのか?」という疑問を持っている。バイアスと呼ばれるものの中には「近似ショートカット」が存在し、情報が不足しているときに人間が物事を予測することを助けるものだと主張している。簡単に言うと「思い込みは時に道しるべとなる」という事である。
分類
認知バイアスは様々な観点から分類される。例えば、集団での意思決定の際に多いバイアスもあれば(例えば、リスキーシフト)、個人レベルのバイアスもある。
一部の認知バイアスは、選択肢の好ましさを考慮した意思決定に影響を与える(コンコルド効果など)。錯誤相関などは、事象の発生しやすさや因果関係の判断に影響を与える。ある種のバイアスは記憶に影響を与える。例えば「一貫性バイアス」は、ある人物の過去の態度や行動が現在の態度により近いものだったと記憶させる。
また、一部の認知バイアスは主体の「動機づけ」を反映している。例えばポジティブな自己像に対する欲求が自己中心性バイアスを生み、当人にとって不快な認知的不協和を防ぐ。他のバイアスは、脳が知覚し記憶を形成し判断を行う方法に起因する。この区別は、「熱い認知」と「冷たい認知」とも呼ばれ、動機づけられた認知と覚醒の状態を関係づける。
「冷たい」バイアスはさらに次のように分類される。
- 「適切な情報を無視する」ことに起因するもの。例えば、事前確率無視。
- 「不適切な情報に影響される」ことに起因するもの。例えばフレーミング効果では、全く同じ問題でも記述の仕方によって受け取られ方が異なる。
- 問題の中でも重要ではないが突出した部分に「過大な重み付け」を与えることに起因するもの。例えば、アンカリング。
一部の認知バイアスが動機づけを反映しているという事実と、特にその動機づけが自身に対するポジティブな態度を持つためであるという事実から、多くの認知バイアスが利己的で自発的であるという事実が説明できる(例えば自己奉仕バイアス、投影バイアス)。認知バイアスは、主体が内集団または外集団を評価する方法によっても分類される。すなわち、ある集団を恣意的に定義して、その集団が多くの点で他の集団より多様で「良い」と評価する(内集団バイアス、外集団同質性バイアス)。
そのほかに次のような認知バイアスがある。
- 後知恵バイアス
- 過去の事象を全て予測可能であったかのように見る傾向。
- 確証バイアス、追認バイアス
- 個人の先入観に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強するという傾向。いったんある決断をおこなってしまうと、その後に得られた情報を決断した内容に有利に解釈する傾向をさす。
- 根本的な帰属の誤り
- 状況の影響を過小評価し、個人特性を過大評価して人間の行動を説明する傾向。
- 正常性バイアス
- 自然災害や火事(山火事、放火など)、事故・事件(テロリズム等の犯罪、ほか)などといった何らかの被害が予想される状況下にあっても、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」などと過小評価したりしてしまう人の心の特性。「正常化の偏見」、「恒常性バイアス」とも言う。
- アンカリング
- ある事象の評価が、ヒントとして与えられた情報に引きずられてしまうこと。
- 保守性
- 人間が新しい事実に直面したときに、それまで持っていた考えに固執してその考えを徐々にしか変化させられない傾向をさす。
実際上の重要性
多くの社会集団や社会制度、政策は、個々人が理性的な判断をすることを前提としている。例えば裁判員制度では、裁判員が事件の不適切な特徴(例えば、被告人が魅力的であるなど)を無視し、適切な特徴を適切に扱い、常に別の可能性がないかを考え、誤謬に陥ることなく、公平で合理的な判断することを求められる。しかし認知バイアスに関する様々な心理学的実験によれば、人間はこれら全てについて失敗しうると考えられる。認知バイアスについて体系的に解明されていれば、どういう方向に失敗するかを予測し、失敗を回避する方策を立てることができる。