「拓也軍団幹部によるおんJ侵攻」の版間の差分
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'''拓也軍団幹部によるおんJ侵攻'''は2015年の8月から10月にかけて[[おーぷんVIP]]上で行われた[[拓也軍団]]と[[おんJ]]の一連の戦争である。 | '''拓也軍団幹部によるおんJ侵攻'''は2015年の8月から10月にかけて[[おーぷんVIP]]上で行われた[[拓也軍団]]と[[おんJ]]の一連の戦争である。[[魚群戦争]]の前哨戦となった戦いとしても知られている。 | ||
== 開戦前の状況 == | == 開戦前の状況 == | ||
2015年夏。[[拓也軍団]] | 2015年夏。[[拓也軍団]]における実質的ナンバー2の地位を確固たるものとした[[八百屋]]は、同年8月に満を持して「[[武闘派派閥]]」を設立。自身の支持基盤をより盤石とするため、軍団内部における懐柔・扇動政策に乗り出した。派閥の基本方針には「[[名無し]]の駆逐」「本家武力制圧」をはじめとした、八百屋の極めて好戦的な理論的バックボーンが色濃く反映された。当時はまだ新米コテとしての評価しか持たない若き日の[[ゴッドブレス]]など、急進的な思想を持つ年齢の若い軍団構成メンバーが多数名を連ね、次第に拓也軍団内部の勢力図を大きく塗り替えていくことになる。 | ||
この動きに拓也の寵愛を一身に受ける[[青年]]は危機感を覚え、定例軍事報告会議にて八百屋の左遷と派閥の解体を強く主張した。しかし拓也本人としては、創立当時から何倍にも肥大化した軍団の指揮系統の維持に限界を感じ始めており、八百屋に対して統率権の一部を委譲することにやぶさかではなかった。激しい議論とレスバトルの末に青年の提案は棄却され、その数か月後に彼は失意の病死を遂げることになる。 | この動きに拓也の寵愛を一身に受ける[[青年]]は危機感を覚え、定例軍事報告会議にて八百屋の左遷と派閥の解体を強く主張した。しかし拓也本人としては、創立当時から何倍にも肥大化した軍団の指揮系統の維持に限界を感じ始めており、八百屋に対して統率権の一部を委譲することにやぶさかではなかった。激しい議論とレスバトルの末に青年の提案は棄却され、その数か月後に彼は失意の病死を遂げることになる。 | ||
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これを受けたおんJ特殊迎撃部隊は「[[だいじっこ]]」[[コピペ]]の連続投稿によって応戦。八百屋は「[[荒らし]]は養分ごん!」などと訳の分からない捨て台詞を残しつつ[[VIP]]に撤退していった。 | これを受けたおんJ特殊迎撃部隊は「[[だいじっこ]]」[[コピペ]]の連続投稿によって応戦。八百屋は「[[荒らし]]は養分ごん!」などと訳の分からない捨て台詞を残しつつ[[VIP]]に撤退していった。 | ||
== 戦争の経緯 == | |||
結局何も残せぬまま軍団本部へと帰還した八百屋を待ち受けていたのは、周囲からの激しい叱責と罵詈雑言の嵐だった。「お前なんで生きてんの?」「!aku○○」といった虐めは熾烈を極め、八百屋のメンタルはボロボロに打ち砕かれた。その後しばらくの休養期間を得て、失った権威を回復させるため、彼らは無謀ともいえる[[魚群戦争]]へと突き進むことになっていく。 | |||
拓也軍団崩壊へのカウントダウンが、ついに始まりつつあった……。 | |||