メインメニューを開く

煽り(あおり)とは、2ちゃんねるなどの電子掲示板におけるレスの一種であり、相手に不快な感情を抱かせる為に使用される種類の言葉の総称を言う。相手を不快にさせる事が基本的な目的であるが、その背景には感情的な争い、相手をスレから追放する、自己の主張を通す、味方の仇を討つなど、様々な理由が存在する。

概要

電子掲示板に書き込みをおこなう全ての利用者には、相対する相手(書き込む人間やそれを見る人間)の現実での心理的な面に影響を与える能力があり、この能力が相手の意志に反して強制的にくわえられると煽りとなる。

煽りは暴言であるとかネット上の暴力とも表現されるが、現実世界での暴言が面と向かって発せられるところを、煽りは(電子掲示板などの文字でのやり取りだけでなく、スカイプなどの音声を通じたやり取りも含む)ネット上を介した発言であればこのように呼ばれる。また、「殺す」などの煽りは侮辱罪や脅迫罪などに適用される可能性もあり、コテハンなどの匿名ではない人物に対する言動には法的な処罰が下る場合もある。

こういった言葉には差別や家族中傷といった現実に即したものもあれば、書き込む人間の特徴や個性のうち、当事者がその特徴に対して劣等感を持っている際にそれをあげつらうなど、ネット上での一ユーザーに対する中傷などもある。ただし、他方では煽りを投げかけられた当事者が何らそのレスの意味するものに劣等感を抱いていない場合には、侮辱的な表現ではあっても相手を傷付けることができない。しかし言葉を発する側が、相手を傷付けようとして、欠点だとみなして論う意図で発するレスも煽りの範疇である。

例えば、固定ハンドルに対する差別を例に取れば、多くの社会では髪の毛体臭の違いなく、必要な洗礼を受け必要とされる経験を積んだものは、当人のレスポンス能力の多い少ないを別にすれば、おおむね同じようにインターネット社会に必要とされる人材たりえることは一般の知るところである。 しかし煽りでは、当人の能力の多い少ないとはまったく別のところで、相手の存在を否定する意図で、コテハンである事自体や身体的特徴を貶めながら相手を否定するため、問題とみなされる。なお個人に対して暴言を発することを指して、叩きという。また、叩きが長期間に渡って続けられる場合は粘着という。

このほか、特定の板や集団全体を否定的に表現することも、煽りの範疇である。例えば所定の書き込みの属性を挙げてその属性に当てはまる者全体を否定すること(例えば、馴れ合いを行う人間はバカだ」など)は、その各々が実際にどうかと言うことを抜きにしているため、問題視される。こういったレスの属性に絡む批判は、いわゆる「ステレオタイプ」だとか「偏見」といった側面を含む。

なお、こういった煽りの書き込みを発する側に関しては、2種類の人間に大別される。すなわち挑発や暴言をユーモアとして楽しんでいる人間か、常識的な判断ができなくなるほどに冷静さを失っているかである。前者の場合はいわゆるネタ煽りと呼ばれ、ウィットに富んだ行為であるとの評価を受けることもある。一方で後者の人間に関しては社会的の訓練が十分ではなく、どのような言葉が暴言・誹謗中傷となるかが判断付かないことが多い。あるいはパーソナリティ障害など所定の問題を抱えているために、社会性を発揮できない場合も含む。

ネット上でのこういった暴力的な表現については心理学の立場から、抑圧の発露、おさえつけられたルサンチマン、生体にやどる破壊衝動(デストルドー)として説明がなされることもある。いずれにしても煽りを行う側は、多くの場合においては無価値か、かえって価値がより低いとみなされる傾向があるが、一方でそういった行為を(内容によっては)評価するユーザーがいるのも事実である。

歴史

形態

一般的に煽りと呼ばれるレスは、概ね4つの種類に分けられる。

否定
相手の人格・存在を否定する。
ex)「死ね」「ゴミ」「バカ」「カス」
中傷
根拠のない悪口で相手を傷つける。
ex)「エルティーは無職童貞キモオタヒキニート※」
(※この場合は実際は図星であるので、根拠のない悪口にはならない。)
間接的誹謗
相手を否定も中傷もしないが、間接的に不快な感情を抱かせる。
ex)「こんにちは><よろしくです><(キャピリ☆)」
圧力
高圧的な態度を示すことで相手に不快感を植えつける。
ex)「お前はレスからして○○な人間だな。俺の経験から言わせると~」

粘着と嫌がらせ

ネットユーザーは掲示板の慣習やイデオロギーを形成すると共に、感情の生き物でもある。このため感情的ないさかいから、煽りが投げかけられることも(こと感情の抑制が効きにくい子供であるほどに)珍しいことではない。この中では、煽り合いで「お前の母ちゃんデベソ!」という(論理的に考えれば自爆にしかなっていない)発言が出ることもある。

ただ、煽りの本質は「相手に否定的な意見を投げる事で、自分に都合の良い流れへと誘導する」ことにある。煽りの方法によっては、受け取る側の価値観にもよって、相手に不快感を与え得ないこともある。例えば無名コテと言う言葉は、知名度に悩む新参コテにしてみれば、大変不快なキーワードたりえる。しかし無名コテであることを自嘲的なネタにしている側にとっては、無名コテと呼ばれることは必ずしも不快ではないし、煽りをする側もあえてかばうために発言している場合もある(擁護)。

しかし前述したとおり、煽りは相手がどう受け取るかよりも、書き込んだ側の意図が問題視される傾向が見られる。例えば気持ち悪いオタクを自称している人間を指してキモオタと呼んでも、それらの人間は事実意図してブヒブヒ言っているのだし、それは本来のオタク像にのっとった行いであるためにキモオタ自体は不利益とはなりえない。しかしその対象者を立場であるオタクではなく外見的特徴のキモオタのみをもって扱うことは、余り礼節に適った表現ではない。このためオタクを指してキモオタと呼ぶことは煽りの範疇たりえる。

これらの場合において、受け取る側の価値観よりも、煽りを行った側の価値観が問題視される。これはその言葉を発した側が、その発言を持って相手を貶めようとしているためである。

その一方で、意図せず失言となってしまう場合もある。これは主に誤解に基づくものだが、例えば普通の書き込みを行った側が、相手を傷付ける意図が無い場合でも、結果的に傷つく者が出たり、あるいは傷付けられるであろう者が予測される場合に、煽りとみなされる。こういったものは、後日問題視された発言に関して弁明したり撤回するまで(あるいは忘れられるまで)問題視される。

煽りに対する評価や対処

歴史的にみれば、他人を暴言や誹謗中傷によって支配・圧迫しようという傾向は正常な状態ではないとされるようになってきている傾向があるといえよう。たとえば、現在の日本では、度を超えた心理的な暴力は、傷害罪などの罪にとわれる場合がある。

また、近年のインターネット世界では煽り合いなどの荒れるような行為を用いないということがネットユーザーの規範として示されるようになってきているのだが、それでもその規範が守られず、煽り合いや叩き、または荒らしが行われることもある。

煽りにいかに対処するかが問題になってくる。2ちゃんねるでは、煽りに実質的に対抗できるのは同等の煽りだけ、という主張がしばしば散見される。「煽りを統制するためにはより強力な煽り、すなわち組織化された煽り(=軍団)が掲示板の中で準備されなければならない。」というものである。しかしながら、組織化された組織(コテ軍団や、名無しの集団)間の紛争では、挑発に挑発で応酬している限り、次第に煽りが過激化するばかりで収拾がつかなくなる、ということも多い。そうなると、双方にだけでなく、その掲示板自体にとっても深刻な被害や悲劇的な結果をもたらす。そのような場合、見かねた他の組織、または掲示板の運営者などが調停に乗り出すことがあり、相方の代表の対話を促すように働きかけを行い、第三者として対話の場に同席することもある。対話が成功し、紛争が沈静化することもあるが、なかなか対話が進まないこともある。

一方でインターネット創成期からの暗黙の了解、いわゆるネチケットでは、煽りは荒らしとほぼ同義とされ、そういった書き込みに対してはスルーを行う事が望ましいとされる。つまり、火に対して風を吹き掛けてかえって火を大きくしてしまうよりも、火が消えるまで一切触れるな、というものである。これは紳士的、かつ「大人の対応」として評価されているが、一方で煽りや煽り合いを撲滅する根本的な解決策にはならない、との批判も存在する。

関連項目